実験の意味は。

ニューカレドニアから、こんばんは。

 

 

今日はまた良い天気になりました。

 

風も軽く、穏やかです。

日差しがあるので、日向は暑く感じますが、それでも冬の日差し。

そこまで暑くありません。

 

透き通った青空。

 

雲も少なく快適です。

 

 

 

 

7月2日は、ポリネシアの人々いや、南太平洋に住む者にとって、重要な日。

1966年、フランスにより、大気圏核実験がポリネシアの地で行われた日だからです。

 

今年も、抗議デモが行われました。

 

 

 

 

核実験が行われた、ムルロア環礁とファンガタウファ島。

タヒチの国際空港がある本島からは1200キロほど離れています。

 

 

 

 

 

 

世界大戦のゴタゴタで核兵器開発が遅れたフランス。

1960年から、その遅れを取り戻すかの勢いで実験を行なっていきます。

 

 

この時は、アルジェリアの砂漠で。

でも、大量の土砂を撒き散らし、汚染して。

もちろん放射能が届いてしまうから、近隣諸国から反対にあいます。

 

 

仕方なく、6年ほどで、ポリネシアに移転するわけです。

 

 

 

これならヨーロッパから遠いし、文句はないだろう。と。

1966年から1996年まで193回もの核実験が行われました。

 

アメリカは、地盤が脆弱すぎると環礁での実験を避けたのに、核爆発の熱で環礁の地盤(炭酸カルシウム)がガラス化して放射能を閉じ込めるから問題ない。と実施したのです。

 

 

 

ムルロア環礁は、178回もの核実験により、環礁が大規模な崩落が報告されています。

ひび割れや地盤沈下

累積威力です。

 

大規模崩落の場合、放射能が流出する恐れがあります。

 

 

 

1992年で止まっていた核実験を、1995年から96年の間にシラク大統領が再開させます。

2年間の間に6回の地下核実験が行われたのです。

(ムルロア4回、ファンガタウファ2回)

 

今でも、核実験の際に近隣住民が避難した建物が、近くの島に残されています。

 

 

 

保有核弾頭数に比べて、実験の回数が極端に多いフランス。

 

フランスの核実験は、アメリカやロシアに比べてクリーンで数が少ない。

世界最高レベルの専門家が厳重に放射能を管理している。

 

 

そうして長い間、健康被害を否定してきました。

関係者には、国防機密漏洩罪で処罰すると口止めをされていたのです。

 

政府も認めるまでに時間がかかりました。

ようやく2010年に被害を認めます。

補償も盛り込んでくれました。

 

それでも補償の対象となる人たちは、まだまだ少ないです。

訴訟を起こしても、却下されてしまうのです。

 

 

 

 

 

 

1995年には、すでに私は旅行会社で働いていました。

核実験によりキャンセルが相次いだことを覚えています。

 

その時の上司が、あんなに離れているんだから、被曝しないに決まってるのに。

どうしてこうも神経質になるんだ。と言ったことも。

 

 

 

あの頃のタヒチは、ハネムーンに人気のエリアで水上バンガローで過ごすコースは1人50万円近く。

2人で100万円くらい。

そんな売り上げがバシバシとキャンセルされるのだから、文句を言いたくなるのもわかりますが。。

 

 

 

 

 

 

自分の国の威厳を保つために核で自然を破壊。

しかも、自分の国から遠い場所で。

自分のことしか考えていないからできることです。

 

 

東日本大震災の時の津波による、福島原発の放射漏れなどの一連のことと、核実験とはレベルが違います。

核実験は人為的なものだからです。

 

 

 

 

今でもその後遺症に悩んでいる人たちがいます。

絶対的に理由つけることは難しいかもしれないけど、癌などの健康被害は多く報告されています。

子供たち、孫たち、そのまた孫たち。。

数世代先まで苦しめることになるのです。

 

海洋生物も大きな打撃を受けました。

島々の生活が崩れていくくらいに。

 

 

 

未だ、アルジェリアサハラ砂漠では、核の被曝が原因と見られる、奇形児も生まれているのです。

フランスが、核実験の後、本格的な除染作業を行なっていないから。

 

 

 

6年のアルジェリア

その後30年も実験が続いたタヒチ

 

 

住民だけでなく、実験に携わった人たち。

フランスの軍人たちもそうです。

 

 

 

 

綺麗な青空を守るために。

綺麗な海を守るために。

綺麗な地球を守るために。

 

 

 

絶対に繰り返してはいけないことなのです。